02・小田桐舞誕生


L・Wは難しいのか?と質問されたら、私は比較的やさしいソフトだと思っています。多分、この考えは間違っているでしょう。私は、L・Wの表層しか知らないはずです。このごろL・Wのテクニックを紹介する本が出ていて、それらを読むたびに「こんなことも出来るのか」と、いつも驚かされます。でも、基本は何を作るにしても、忍耐でしかないのです。L・Wでのモデリングは簡単に理解できました。最初に箱を作り、丸を作り、ポイントを動かすと形が変わります。私はこのことだけで人物が作れると、単純に考えたのです。動かすポイントの多さに辟易したものの、ただ忍耐だけで毎日動かし続けました。それらしく頭になり、それらしく鼻になり、それらしく耳を作り、1週間ほどでそれらしく顔になりました。これはテクニックの問題ではありません。ただただポイントを動かすという忍耐の作業です。

そうです、ここまでは誰でもできます。そして、このころにまず最初の壁に突き当たります。どうしても、いい顔が出来ないのです。魅力的な顔ができないのです。目がふたつある。鼻もなかなかスマートである。口だって清楚な感じなのに、なぜかいい顔ではないのです。人間でいうならブスなのです。目が小さいのかなと思っては目をいじり、鼻が高すぎるのかなと思っては鼻をいじり、で、これで完成かと思いきや、前よりさらにブスになってしまうのです。さらに問題なのは、このいい顔とブスという定義です。この問題は、これから延々と今日まで続きました。そして、L・Wを続けるかぎり、うんざりするほどつきまとうでしょう。

この問題は、単純にしてなかなか意味深い問題です。単純に考えれば美人とブスなんて、所詮個人の好みの問題なのです。そして、意味深く考えると、「大衆心理を共鳴させる、時代と共に寝た癒しの美女」。なんてことになるわけです。要は、もし山口百恵が松田聖子の後にデビューしたらどうなっただろうか?ということなのです。それでも山口百恵は「菩薩」になれただろうか。、「ポスト百恵」のウリの無くなった松田聖子はどうなっただろうか。もちろん、こんな推理は無駄です。スターが誕生するときに時代は重要な要素だからです。そして、その時代その時代にスターや美女が作られてきたのです。古くは原節子、山本富士子、そして吉永小百合、アグネス・ラム、アグネスつながりで、ついでにアグネス・チャンだけれど、私はずーとブスだと思っています。あれを「かわいいー」なんて思えるなんて、時代のなせるワザです。さらに夏目雅子がいました、後藤久美子がいました。今は広末涼子なんでしょうか。はたまた釈由美子なんでしょうか。と、まぁ、こういうふうに並べると、時代時代に誕生するスターや美女には基準がないようです。

じゃ、どうすればいい顔のモデリングができるんだ。ということです。答えは、いい顔に基準がないように、いい顔のモデリングにも基準はありません。だから、作者の好みの顔を作ればいいんです。

しかし、そのことに、私はまだ気がついていませんでした。1995年、いや1996年頃には、どこをどう見渡しても、美女とかかわいいというタイプのポリゴンの女は誕生していませんでした。「Dの食卓」の女はアメリカ人(?)だし、伊達杏子は安室奈美江をスケールダウンしたようだったし、すくなくとも、わたし好みではなかったのです。私は、もっと愛くるしい美女を作ろうと試行錯誤しました。たとえば、目は「内田有紀」、鼻筋は「西田ひかる」、顔の輪郭は「鈴木保奈美」と、いいところどり作戦です。これは無残です。せいぜい顔のチンドン屋か、くどい顔の絶世のブスでしかありません。ほら、キムタクと工藤静香が結婚して、子供が産まれる、なんてなるとワイドショーで「こんな子供が産まれます」なんて二人の写真を合成するでしょう。あの気持ちの悪さを倍増したようなもんです。いいところどり作戦が失敗したら、次は単体で攻めるしか方法がありません。

そして、奇跡の1日が始まりました。当時、仕事場が銀座にありまして、日曜日というのに、ブラインドを降ろして(モニターに窓の光が反射するので、いつも部屋を薄暗くしています)、「そうだ、写真集だ」と気づき、さっそく本屋にかけたのです。当時、私は「小川真珠」がお気に入りでした。けれど、彼女はあまりテレビに出演しないばかりか写真集も出していませんでした。その次と言ってはなんですが、「宝生舞」の写真集を手に入れて、「宝生舞」の顔に碁盤の線を書き(写真の上にいたずらをするなんて、カメラマンの平田友二さんごめんなさい)、目、鼻の位置を確認し、それを元にモデリングを始めました。

「宝生舞」もどきのモデリングが完成したのは、モデリングからわずか6時間後、「白日夢」のヒロイン「小田桐舞」が誕生しました。舞は、もちろん「宝生舞」の舞です。







似てねー。それに首が太いぞ、髪がポリゴンでゴワゴワだ。と思った人もいるでしょう。でも、今から5年前です。

L・Wを使い始めて数ヶ月、いや、一ヶ月ほどだったと思います。それも独学で、立派なもんじゃありませんか。でも、どうして、この日曜日が「奇跡の1日」と言うのかを、お話しします。モデリングした顔にライトを当てて、カメラ位置を設定し、レンダリングすると、モニターに少しずつ美少女が現れてくるではありませんか。まさしく、私好みの美少女なのです。自分で作っておきながら、私はこの少女に一目惚れしてしまったのです。この一目惚れが重要な要素です。いつもなら、もう少し鼻をいじってみようか、目を大きくしてみようか、とメビウスの輪状態の地獄のモデリングが続くのですが、この少女には、非の打ちようがない。と思うほど入れ込んだのです。これは、モデリングはもちろん、ライテング、カメラアングル等が、天使に魅入られたかのように一致しなければ、こんな奇跡は起こりません。ほんの少し、ライテングが違っていたら、また、結果は違ったものでしょう。そして、その日が日曜日というのも重要でした。誰もいない静かな時間。気持ちが必要以上に高揚する日でした。要は、一目惚れするような環境だったのです。

でも、今見ると、やっぱり首は太いし、ポリゴンの髪は変だよな・・・。

2001/5/1

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序文 01・1995年 02・小田桐舞誕生
次号に続く